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デッサンの分野において、手のデッサンほど描き手を混乱させ、学習材料が少ないものは、ほかにはないでしょう。問題のほとんどが、あなたの持っている利用可能な資料を使うときではなく、その資料をさがすときにあります。というのも、あなたは自身の両手にある、利用可能な最高の資料を見逃してしまっているのです。ひょっとすると、そのように考えたことはないかもしれません。手の描き方は独学が基本です。指導者ができることは、まさにあなた自身の手の中にある事実を指摘することだけです。

 手の研究は、解剖学的構造を学ぶことのほかには、さまざまな部分の寸法を比較することがほとんどです。指は手のひらに対して一定の長さがあり、指の関節の間の長さは指全体に対して一定の比率があります。手のひらの面積は、手のひらの長さに比べてとても広いです。手の甲側の指の関節同士の間の距離は、その裏側にある指のしわ同士の間の距離より長いです。手の甲側を見れば、中指の先端から第三関節までの長さは、指先から手首までの長さのほぼ半分です。親指は人差し指の第2関節の近くまで伸びています。手の長さは、あご先から髪の生え際までの顔の長さとほぼ同じです。このように比率を測る描き方は、だれでも同じようにできます。

 手は、人体の中で最もしなやかで、自由にポーズを調整できる部分です。手ごろな大きさと重さであれば、手はほぼどんな形にもフィットしますし、それをつかんだりすることもできます。このしなやかさが、絵描きに困難を与えることになります。なぜなら、数え切れないほどの異なるポーズを手はとることができるからです。しかし、手が動く仕組みはいつだって変わりません。手のひらは一つのへこみとして開いたり閉じたりして、指は手のひらの中央に向かって内側に折れまがります。爪は指先のかたい補強材であり、また正確にものをつかむために追加されたエッジ(フチ)でもあります。ハンマーは手のひらと指を使って拾いますが、ヘアピンは指先を使って拾いますよね。手の甲は、ものを押すときのように、指にかかる後方への圧力に対して、ある程度曲がりにくくなっています。およそ無限の目的に合わせて調整できることから、手は私たちの知るかぎりもっとも素晴らしいメカニズムを持っています。道具としての完成度に加え、 手はおそらく身体のどの部分よりも脳と密接に連携しています。手の動きの多くは無意識的な、反射的な反応によってコントロールされています。タイピングやピアノの時の指の動かし方などがその例になります。

 人間は、文化的な意味で脳を教育するずっと前に、手を教育しました。小さな子供は物心つくよりずっと前に手を効果的に使うことができます。やけどしてしまうということを知らなければ、子供は火をつけたマッチを握ってしまうでしょう。文明が起こる前からはじまる人間の進歩の物語は、人間の手の適応力と深くかかわっているはずなのです。

 ほとんど意識しなくても手を動かしたりできることが、手を描くことにあまり考えがおよばない理由の一つかもしれません。今、自分の手を見てみてください。きっと新しい見方で見ていることでしょう。"物をつかむ前に" 手が自動的にそれに合った形になっていることに注目してください。物を拾う動きをした手を描くには、まず物の輪郭りんかくを研究し、その輪郭りんかくに合うように手のポーズが自動的に調整されるのを観察する必要があります。ボールや桃、リンゴを手に取って、つかむちょうど直前の指の動きを観察してください。手を描くには、その力学的な原理がとても重要です。実際にどのように動くかを知ることによってのみ、説得力のある手を描くことができるのです。

 手の甲はふつう、3つの平面※訳者注)で描くことができます。1つは親指から人差し指の第三関節の下まで、残りの2つは手の甲をまたがって、手首に向かって先細りになっています。ほとんどの動作で、手の甲はカーブしており、そのカーブはこの3つの平面で表現できます。また、手のひらは、3つのブロック─小指の付け根のふくらんだ部分、親指のふとい付け根、指の付け根のふくらんだ部分─が手のひらのへこみを囲むようにしてできています。指の関節は、指が手のひらのへこみに向かってまがるように、あるいは指を伸ばしたときに指の向きと関節が直角になるように整列させなければなりません。また、爪の中央線が指の中央線上にあるように、爪を注意して指に乗せなければなりません。そうしないと、気づかないうちに爪が指のまわりであちらこちらに移動してしまいます。

 手にまつわるおおまかなことを知るために、自分の手を研究しつづけましょう。インナーマッスルは深いところにうまっているため、手の形状ほど重要ではありません。骨の形は、手の甲、指の関節、手首からしか見えません。手がどんな動きをしていても、そのときの手のひらの形状を知っていれば、指はとても簡単に手のひらにくっつけて並べることができます。指の相対的な長さを研究してください。親指はほかの指に対してほとんど直角に動作することを忘れないこと。手を描くのはむずかしいという考えは捨ててしまいましょう。手がどのように動くのかが分からないから、むずかしいというだけのことです。一度理解してしまえば、手は魅力的なものになります。

 手について覚えておくべきもっとも重要なことは、手のひらがへこんでいて、手の甲がとつであるということです。手のひらのまわりがふくらんでいるので、液体でも手にもっていることができます。手は原始人にとってはうつわの役割を果たし、指だけでは持てない食べものも、両手を合わせたうつわに入れることで食べることができました。親指の大きな筋肉は、手の中でもっとも重要な筋肉です。この筋肉が、指を引く力と組み合わさって、あるいはその力に対抗することによって、人間は自分の体重さえも手にぶら下げることのできる強力な把持力はじりょく(※手に持ったものを離さない力)を手に入れました。人間はこの強力な筋肉でこん棒、弓、槍をにぎっていたのです。動物はあごの筋肉をたよりにして生きていますが、人間は手をたよりにしていると言えるかもしれません。

 手の作図と比率(図77〜図85)をマスターしたら、その知識を活かして女性、赤ちゃん、子供、お年寄りの手の特徴を簡単にあらわすことができるようになります。

※訳者注:※親指、人差し〜薬指、小指の部分という、3つではないかと推測しますが、定かではありません。そもそも、図78では面が4つあるように見えます。

原文:The back of the hand can usually be drawn in three planes─one for the thumb section as far as the bottom knuckle of the first finger, and the other two across the back of the hand, tapering to the wrist. In most actions the back of the hand is curved and the curve is reduced to these three planes.)

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