男性の頭─解剖学が必要な理由
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私は長年、笑顔を描くのがとても苦手でした。笑顔のシワは鼻の穴から始まって、唇の端までまっすぐ伸びているのが当たり前だと思っていたのです。実は、笑顔のシワは口角のかなり外側から、口角の周りをまわって、あご先の横のすぐ近くまで伸びているのです。これは、唇が楕円形の筋肉のシートの中にあり、この筋肉の外側のふちにシワができるためです。小さなリボンのような筋肉が頬骨から出て、この筋肉のシートの外側のふちにくっつき、それが笑ったときのしわの原因になります。笑顔の中には、この小さな筋肉に引っ張られて口角が尖るのではなく、丸みを帯びるものもあります。どういうわけか、私はこのことを初期の研究で把握できていなかったのです。困ったときは原点に戻ることの大切さを実感した体験でした。
笑顔において重要なことのひとつに、目の下の皮フのひだ(涙袋)の描き方があります。涙袋によって微笑みがもっと陽気に見えることもあれば、そうでないこともあります。その理由は私にはわかりません。 ある顔には涙袋がはっきり現れ、またある顔にはほとんど現れません。難しいのは、この涙袋を目の下のたるみように見せるのではなく、笑顔の一部であるかのように自然に見せるということです。涙袋はデッサンより絵画の方が表現しやすいです。これは、絵画では光の明暗で表現できますが、デッサンではふつう黒い材料を使用するために涙袋が黒くなりすぎてしまうからです。笑顔の時にできる目尻のシワもそうです。これが黒すぎると、カラスの足のように見えてしまいます。また、鼻の穴の周りのシワを黒く重く描いて、笑顔というよりあざ笑った感じを連想させたり、なにか嫌な臭いを嗅いだような顔になったりしてしまい、せっかくの笑顔が台無しになってしまうことも多いようです。
笑顔に関するもう一つのヒントは、笑うと上の歯が下の歯より多く見えるということです。多く見えるというのは、見える歯の本数が多いということと、見える歯の面積が広いということを意味します。笑うことで唇の端が歯から離れると、歯と唇の端にすき間や、暗いアクセントができます。歯が唇に押しつけられたかのように、歯が唇の隅にぴったりとはまるようなことは、決して起こり得ません。唇は筋肉に引っ張られて平らになりますが、歯が内側へカーブする様子は変わらず、唇の端の内側に影ができるため、歯のカーブはより分かりやすくなります。端に行くにつれて、歯がある程度暗くなっているはずです。上の前歯2本は、ハイライトが当たるようにします。このとき、あまり歯を描き込んだり、歯と歯の間に線を引いたりしないほうがよいでしょう。これもまた、どんな線でも黒くなりすぎる可能性があるからです。歯と歯の間の線は、実に敏感でデリケートなものです。歯磨き粉を売るのでなければ、歯は細かく描かない方がいい場合が多いのです。Anders Zornは、笑顔のときの歯を描く名人でした。
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